2026年5月15日、インドの最高裁判所長官スーリャ・カントは、社会運動や抗議活動をめぐる審理の中で、一部の活動家らに向けてこう言った。

「ゴキブリ、社会の寄生虫だ」

翌日、「ゴキブリ党(Cockroach Janta Party)」が誕生した。

NEET——インドで医師になるための一本道

NEETとは、インドで医学部に進学するための全国統一試験です。医師を目指す学生はこの試験を突破しなければならない、事実上唯一の関門です。

2026年5月3日、約227万人の受験生がこの試験を受けました。しかしその直後、SNSに試験問題の一部が流出していたことが発覚。ラジャスタン州ではTelegramで問題が出回り、問題を事前入手するために数百万ルピー規模の金額が支払われたとも報じられました。

試験実施機関のNTA(National Testing Agency)は当初、不正を否定しました。しかし批判が高まり、5月12日にNTAが試験の中止・無効を正式発表。同日、CBI(中央捜査局)による捜査も命じられました。

これはNEETをめぐる最初のスキャンダルではありません。2024年には全国で80人以上が満点(720点)を取るという異例の事態が起き、不正疑惑が問題になっていました。

少なくとも13人の学生が命を絶った

複数の報道によると、試験の中止発表から37日間で少なくとも13人のNEET受験生が自ら命を絶ったとされています。

ラジャスタン州シカルで医師を目指していた23歳のプラディープ・マニシュは、試験中止の数日後に死亡しました。ウッタル・プラデーシュ州の21歳リティック・ミシュラは、3回目の挑戦でようやく合格できると感じていた矢先に試験が中止になり、亡くなりました。

インドでは毎年200万人規模の若者が医師という夢に向けて何年もかけて準備します。不正疑惑による試験中止は、多くの受験生に大きな精神的影響を与えたとみられています。

最高裁長官が若者を「ゴキブリ」と呼んだ

NEET中止の発表から3日後の5月15日、最高裁長官スーリャ・カントは社会運動や抗議活動をめぐる審理の中で、一部の活動家らを「ゴキブリ(cockroaches)、社会の寄生虫(parasites of society)」と表現しました。

この発言はインド全土で即座に大きな反発を呼びました。

翌日、「ゴキブリ党」が誕生した

発言の翌日、2026年5月16日。政治コミュニケーション戦略家のアビジート・ディプケが「ゴキブリ国民党(Cockroach Janta Party / CJP)」を立ち上げました。

正式な政党ではなく、若者の声を集めるオンライン運動です。報道によると設立から1週間でInstagramのフォロワーが2,200万人を超えました。世界最大の政党とも言われるBJP(インド人民党)の公式Instagramアカウント(約940万フォロワー、2026年7月時点)を大幅に上回る数字です。

CJPの主な要求はNEETをめぐる教育不正への対応と、教育担当大臣の辞任。設立直後から政府による制限が相次ぎ、XアカウントはIT法69A条に基づき国内でアクセス制限を受け、Instagram、公式サイトも同様に制限されました。Xアカウントは7月7日のデリー高裁命令により制限が解除されています。

ソナム・ワンチュクとは何者か

ソナム・ワンチュク(59歳)はラダック出身のエンジニア・教育者・環境活動家です。1988年に設立したSECMOL(ラダック学生教育文化運動)は、当時、州の試験で多くの生徒が不合格になっていたことから、「教育制度が子どもを失敗させている」という考えのもと、不合格者を対象に設立された代替学校です。「不合格が入学条件」というユニークな教育機関として知られています。太陽熱を利用した建物を生徒たちと自ら設計・建設し、外気がマイナス15度の冬でも室内をプラス15度に保っています。

また気候変動による氷河消失に対応するため、冬の水を巨大な氷の塔(アイス・ストゥーパ)として蓄え、春の農業用水として放出する人工氷河を発明。現在ラダックに52基、世界中に14基が稼働しています。この功績でロレックス賞(2016年)やラモン・マグサイサイ賞を受賞しています。

映画『きっと、うまくいく』の主人公のモデルと長年言われてきた人物ですが、映画側は公式にはこの関係を認めていません。ただし事実として、映画の撮影チームはワンチュクの学校での撮影を打診し、ワンチュク側はプラスチック素材の使用に懸念を示して断った、という経緯があります。

「教育問題で稼いで、本物の戦いで黙っている」

アーミル・カーンの否定発言は新たな批判を呼びました。インドの詰め込み教育・受験競争を題材にして興行収入を得た映画のスターたちが、実際にその問題に声を上げる人物が現れたときに沈黙している——という批判です。

ボリウッドのスターたちがワンチュクへの支持を表明せず沈黙を続ける中、女優のソナクシ・シンハがInstagramで発言しました。「彼が死んでから初めて動くつもりなのか」「私はこの件で黙っていることができない」と述べ、自身に向けられる批判を意識してか「私は反国家ではない」とも付け加えました。アーミル・カーンの元妻キラン・ラオもワンチュクへの支持を表明しています。

ソナム・ワンチュクのハンガーストライキ

6月28日、ワンチュクはニューデリーのジャンタル・マンタルでCJPのNEET抗議運動を支持する無期限のハンガーストライキを開始しました。20日以上の断食で体重が約10キロ減少。医師団からは臓器へのダメージが生じる可能性があると警告されましたが、「政府からの回答なしに断食を終えることはメッセージを誤って伝えることになる」として続行を選びました。

2026年7月18日——強制搬送とバトン

7月18日、断食21日目のワンチュクは警察によって抗議現場のジャンタル・マンタルから連れ出され、サフダルジャング病院に搬送されました。

警察側は「医師の勧告と裁判所の指示に基づく措置」と説明しました。一方CJPは「本人と家族の同意なく強制的に連行された」とSNSで発信。ディプケはAP通信(アメリカに本部を置く世界最大級の通信社)に対し「警察がシーツで彼を包んで、まるで犯罪者や暴漢のように連れ去った」と語りました。病院に同行した妻のギタンジャリ・J・アンモは「本人・家族・担当医の同意なしに何も投与しないでほしい」と病院に求めています。

同日、CJP創設者のアビジート・ディプケが無期限のハンガーストライキを開始すると発表。7月20日には「チャロ・サンサド(議会へ行こう)」と名付けたデモ行進が予定されています。インド国会の雨期議会開会日に合わせた、政府への直接的な圧力活動です。

よくある質問(FAQ)

Q. NEETとはどんな試験ですか?

A. National Eligibility cum Entrance Testの略で、インドで医学部への進学を希望する学生が全員受ける必要がある全国統一試験です。毎年200万人規模が受験します。この試験なしに医学部に入学することはできないため、受験生にとっては何年もかけて準備する最重要試験です。

Q. ソナム・ワンチュクとはどんな人物ですか?

A. ラダック(インド最北部の連邦直轄地)出身の環境活動家・教育者。インドの映画『きっと、うまくいく』の主人公のモデルと長年言われていますが、映画側は公式にはこの関係を認めていません。以前からラダックの環境保護や自治権をめぐる問題でハンガーストライキを行ってきた実績があります。

Q. ゴキブリ党は本物の政党ですか?

A. 正式に登録された政党ではありません。若者の政治的不満を集めるオンライン運動・風刺的な抗議活動として機能しています。ただしInstagramのフォロワー数は主要政党の公式アカウントを超えており、インドの若者世代の声を代表する存在として国内外で注目されています。


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この記事はシワニが公開情報をもとに執筆しました。(2026年7月19日時点の情報)

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